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「ゼロからつくる科学文明」感想 タイムマシンの法的責任を回避するための本

早川書房 ライアン・ノース著 吉田三知世訳「ゼロからつくる科学文明 タイムトラベラーのためのサバイバルガイド」って本読みました。

 

どういう本なのか簡潔に説明するのは非常に難しいです。

 

あえてどうしても一言で表現するなら「ふざけてる」です。

 

作者は一つのおふざけを一冊の完成された本にするために、たぶんそのための調査や勉強などなどの努力をめっちゃ尽くして執筆してて、そのことにひたすら感嘆します。

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たぶん西暦2050年くらいの未来。クロノティクス・ソリューション社というタイムマシンを個人にレンタルする会社がありました。(未来なのに「ありました」ってのは変ですか?)

 

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それを借りたユーザーは好きな過去の時代に行くことができます。

 

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行った先で自由に歴史を変えてもタイムパラドックス的な問題は全然大丈夫なんだそうです。

 

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そのタイムマシンの中に備え付けられているマニュアルが、この本です。

 

マニュアルはタイムマシンをレンタルしてるお客様に向けて書かれていて、もしタイムマシンに深刻なトラブルが発生した場合に「このマニュアルをちゃんと備え付けてあるから、我が社は法的責任をちゃんと果たしてますよ」とする目的で存在してます。

 

もしお客様に深刻なトラブルが発生しても大丈夫なように。

 

 

 

「深刻なトラブル」とは?

 

それは、タイムマシンが完全に壊れちゃって、お客様が過去のどこかの時代に取り残されてもう未来に戻れなくなるというトラブルです。

 

あなたはもう未来に戻れません。私たちは謝罪いたします。で、ここで一つ提案なのですが、あなたはもう戻れないんですから、そこであなた自身の手で文明を作っちゃうってのはどうですか?

 

ということをお客様に指南する内容のマニュアル。 

 

どうですか!私たちはあなたが今必要としてる情報をこのマニュアルに完璧に記していますよ!

 

という本。

 

ふざけてます。よく考えつくものですこんな設定。

 

 

 

私はサバイバル知識とかの本が好きで時々読みます。

 

以前も「この世界が消えたあとの科学文明のつくりかた」って真面目な本を読んだことがあり、主旨はこの本と大体同じなのですが、この本のふざけっぷりは尋常ではありません。

 

というかこの本の参考文献一覧にこの本も入ってました。

 

あと私が好きな「サピエンス全史」も。

 

そうそう。人類の歴史とかね、文明とかね、そういう話も好きなんです。

 

この本はサバイバルとか人類の歴史とか勉強になりつつも、あまりにふざけてて笑えて面白い本でした。マジで読んでる途中でブフッと吹きだすことが多かったです。

 

 

 

 さて。まず、お客様がこのタイムマシンのトラブルで過去のいつの時代に(意図せず)飛ばされてしまったのかを、お客様自身の手で調べなくてはいけません。

 

タイムマシンの「今は何年」を表示する機能も故障してるでしょうから。

 

そのフローチャートが冒頭に載ってます。

 

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そこでふるいにかけられます。

 

なんとかなるのは20万年前以内に限られるそうです。

 

自分以外のホモサピエンスがいないと、文明を作るのは無理と。

 

25万年前のネアンデルタール人でも頑張ればいけるかもしれませんけど。

 

それ以上過去だともう完全に無理です。

 

6500万年前だと恐竜がいて危険だし、8億年前だと地球に酸素が無いし、47億年前だと地球自体まだ無いし、138億年前だとビッグバンがまだ起こってもないし。

 

なんとかなる時代の範囲はとても狭いです。それ以外の時代に飛ばされたお客様はもう諦めて死ぬしかありません。マニュアルには「残念です。」とだけあります。ひでえ。

 

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しかし運良く20万年前に飛ばされたお客様には、文明を自分の手で作り出すチャンスがあります。

 

なぜなら20万年前の原始人ホモサピエンスは、西暦2050年ごろの未来ホモサピと、肉体的には何も変わらないから。

 

ということは、その原始ホモサピに言葉や文字や理論や農業をいきなり教えちゃえば、何もしなかったらタイムマシンが作れるまでの文明を築くのに20万年かかったのが、割とすぐ(30年くらいで?)できちゃうんじゃね?って話です。

 

理解できる脳は原始ホモサピにも備わってるというんです。

 

原始ホモサピが言葉を使い始めたのは5万年前らしいのですが、それを今からお客様が教えてしまえば、15万年くらい一気に早送りできます。

 

それで、ちょっと前まではウホウホしか言えなかった原始ホモサピの100人くらいの村で「おはよう!」「今日はイノシシ2頭狩ったよ!」とか言葉が浸透したら、次は文字を教えます。

 

これだけでもう19万年文明を早送りできました。

 

次は数字を、次は論理を。これでもう19万9千年も一気に早送りできると言うのです。マジかよ。

 

 

 

 

同時に農業も教えます。それも効率的な農業をいきなりです。

 

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人類は原始的で非効率的な農業を2万年くらい続けていたそうです。西暦1700年くらいまで。

 

それをお客様がこのマニュアルに載ってる知恵を原始ホモサピに授けたら、すぐに16世紀レベルにまで一気に進められると。

 

なんて便利なマニュアル。

 

 

 

農業だけじゃないです。

 

医学も鉱業も数学も。

 

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石鹸と手洗いを原始のうちから徹底させたらかなりの疫病を防げます。

 

ガラスとか歯車とか鉄工とか、そのへんを教えたら、そしたらペニシリンとか保育器とか発電機とかもすぐです。

 

夢のようです。

 

昔の、科学的知識が無いうえに有害な迷信の医学で死んでたような乳幼児や病人ケガ人が、お客様の時代ではみんな助かって、文明発展しまくり間違いなしです。

 

 

 印刷も測量も芸術も飛行機も、コンピューターも作れます。

 

作り方がもう分かってるので、文明を発展させるのにいちいち何千年も何万年もかける必要は無い、という本でした。

 

お客様が20代くらいの若者なら、生きてるうちにインターネットを作れるくらいまで本当にいけそうな気がしてくるから不思議なものです。

 

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ま。つまりはこの本は一種の思考実験です。

 

「なろう」や「異世界転生」にもちょっと通じるものもあります。

 

自分がお客様となって、無知な原始人に科学文明を教えて脚光を浴びるという空想夢想。

 

その科学が超具体的で「もし自分が異世界転生したら本当に役に立ちそう」って思わせてもくれます。

 

面白い本でした。

 

 

 

しかし一点だけ不満点がありました。

 

この本では随所に訳注があって、訳者による補足や見解が頻繁に出てくるのですが、それが「この本はこういう設定のジョークです」ってわざわざ強調する空気がちょくちょくあって、それがしらけてジョークの完成度を壊してると思いました。

 

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例えば巻末に「未来の元素周期表」が載ってるのですが、訳注にいちいち「これは著者の創作」と書いてて、私は「せっかくのネタにそんなこといちいち言うなよ」って思いました。

 

 

それはともかくも面白い本でした。そして分厚い本。

 

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549ページ。

 

私は5月の連休はこれ読んで過ごしました。

 

 

 

 

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