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かぐや様は告らせたい最終回271話感想 作品への不満を作者に繋げるのは非常に危険が伴う

まさか最終回に早坂が1コマも登場しないとは。

 

週刊ヤングジャンプ48号 赤坂アカ かぐや様は告らせたい最終話 「グッバイ秀知院!」

 

いい最終回だったとは思いませんでした。

 

そもそも私は現在この漫画そのものに対して、もしAmazonとかで5段階レビューするなら☆2くらいに思ってます。

 

昔は☆5でしたが、その頃にはあった良さはそれ以降、登場人物や物語の辻褄がどうしても合わないところや、ある筈だったいくつもの物語を、予告されてた物語までもをバッサリ省略されたところなどなど、様々な落胆で完全にすり潰されてしまい、今はもう「前向きに観賞しよう」という意志すらも挫かれてて、この結末も非常にドライな気持ちで読んでしまったので、そりゃ感慨も湧かないというものです。

 

私にとってはこの漫画は歴史に残るほどの「途中まではすごく良かった漫画」「途中からすごく落胆した漫画」でした。

 

だったらもう読むのやめれば良かったのに、いまだにこんなしょっぱい感想ブログを書いてるのは、(終盤までは前向きな意志が残ってたものの)完全に心が折れたときには最終回まで残りわずかになってたので、「ここまで続けたんだから最後まで見届けて感想ブログ書こう」と思ったからです。

 

感想を完走したいという気持ち。でも心は乾燥ってか。

 

 

たぶんどんな最終回だろうがドライな気持ちにしかならなかったのかもしれません。

 

 

しかしそれにしたって、もうちょっと他に描いてくれても良かったものは、あるんじゃないでしょうかね。

 

早坂の出番完全ゼロってのがやっぱり信じられません。私は彼女の特別なファンでもないけど、それでもありえないと思います。

 

もしこの措置が「早坂愛の最終回は先にやったから必要無い」とでも言うのならその構成のほうがおかしいと思います。

 

それに早坂以外にも、他の多くの登場人物達がその後どうしてるかを、ちょっとずつ描いていくみたいなの、そういうのを見たかったです。アニメだったらスタッフロールと一緒にダイジェストで1カットずつ見せていくような黄金パターンのやつです。

 

例えば。

 

早坂が火ノ口駿河と一緒に笑顔で踊ってるところとか。

 

龍珠がかつての生徒会の仲間と号泣してるところとか。

 

渡部神童達と無邪気に草サッカー楽しんでるところとか。

 

圭ちゃんが中学の生徒会長やってて、萌葉が書記だったりしてるところとか。

 

雲鷹黄光が四宮邸で顔をつき合わせて議論してるところとか。

 

早坂の両親雁庵名夜竹を同じ墓に納骨してるところとか。

 

白銀母白銀父になにかのメッセージ送信してるところとか。

 

ギガ子槇原がeスポーツ大会で優勝してるところとか。

 

小野寺が孤立してるモブ生徒に声をかけてるところとか。

 

先々代生徒会長がなんか校長とかと会って笑い合ってるところとか。

 

ラーメン四天王がどこかの店で全員揃ってしまうところとか。

 

田沼医師執刀の心臓外科難手術がテレビ放送され大絶賛されるところとか。

 

不知火がなにかの芸能活動を、「妹」と一緒にしてるところとか。

 

大仏がモブ男子とデートしてつまらなそうにしてるところとか。

 

子安がモブ男子とデートしてつまらなそうにしてるところとか。

 

大友がモブ男子とデートしてつまらなそうにしてるところとか。

 

そういう絵、最後に見たくありませんでしたか?

 

私はすごく見たかったです。

 

というか最終回本編を読んだあとになって、私は心が折れたとか言いつつ、見たいと思ってたものがあったことを初めて自覚しました。

 

マキ柏木だって、最終回にそういう絵だけで「彼らはどうしたか」を暗示するくらいにしといて、その話で2話も消費してほしくなかったかも。選抜キャラの最終回じゃなくて、最終回そのものを40ページくらいにしてみんなを少しずつ描いてほしかったかも。

 

「見たかったものが見れたとは思わなかった」。これがかぐや様の最終回を読んでまず感じた素の感想です。

 

 

「かぐや様は語りたい」の最終回にもこれに近い不満がありました。

 

エリカ&かれん風祭&豊崎とどうなるのかを完全に無視して終わってしまいました。

 

せめて二人の男が二人の女と卒業後も縁が切れずに済みそうで嬉しい、くらいの絵はあっても良かったのに。

 

 

 

そして何よりも伊井野です。

 

今週号では最終回は巻頭カラーではなくセンターカラーでした。これは、扉絵ではなくラストシーンをカラー原稿にするためですね。

 

そこでは生徒会5人がカラー4ページで描かれました。これ自体は、まー、妥当というか順当というか、いいです。

 

 

でも、その伊井野の絵なんですが、ここ、彼女、生徒会長の飾緒つけてなくないですか?

 

この作画ミスは、なんつうか、もう、度し難いです。

 

 

ついでに言うと、YJ今週号ではえなこがかぐや様コスのグラビアを載せてたのですが、そこではかぐやと藤原と早坂のコスだけしてて、伊井野だけしてないことについても、どういうことやねんって思いました。

 

私は全くえなこのファンでもなく「見たかった」とか思ってるわけでもないけど、ここで女キャラを3人分撮影としてそこに伊井野は不要としたことが度し難く、また、早坂コスを入れるほど彼女が重要キャラというなら、それだと彼女が最終回本編にいないことがなおさらおかしく感じます。

 

 

「各キャラのその後が見たかった」ってのはあくまで私の個人的好みだとしても、早坂がいないことや初歩的作画ミスがあることは、商業プロ作品の最終回としてどうかと思います。

 

せめて単行本では、追加ページとか作画修正とかが施されればと思います。

 

そういや作者赤坂アカ自身が、後日談か補完かなんらかの作品を予定してるとコメント出してましたね。

 

もしかしたらそれが舌を巻くような見事な風呂敷畳みになる可能性も絶対無いとは言い切れないので、というかむしろそれを願います。

 

 

以上が最終回の感想です。

 

そして以下はかぐや様の感想ブログをずっと続けてた私の自分語りとかただ頭に浮かんだことなどなどです。そんなんを読みたければどうぞ。

 

 

私って本当にバカです。

 

ただの漫画にやたら入れ込んで不平不満ブーブー書いてる自分を本当にそう思います。

 

この漫画好きでした。昔から内容の全てを絶賛するわけではありませんでしたが、素晴らしいところ、他では見ないところ、いろいろあって、すごく肯定的に読んでました。

 

しかし、いつしか、いいところより不満点や矛盾点のほうが増えていきました。

 

最初に「やばいかも」と思ったのは、確か199話(単行本では21巻209話)の、「白銀父の会社を潰したのは実は四宮家だった」ってところだったような。記憶が朧げですが。

 

なのに白銀は「大好きなお母さんがいなくなった元凶」をどの時期から知ってたのか、それをどう思っててかぐやに何を言ったのか、描かれるシーンは結局無いままで終わりました。

 

これは前回の感想ブログにも書いたことですが、白銀とかぐやは、恋愛頭脳戦をやるようになった経緯に必要な物語のパーツが致命的に欠けまくってると思います。(今後補完される?)

 

で、一度気になったら、以降は作品内の様々な矛盾や不満や作画ミスが本当に目に付くようになりました。

 

それでもこの漫画に前向きだったのは、やっぱり伊井野がいたからかなあー。彼女は本当に素晴らしいキャラでした。

 

しかし伊井野も、というより大仏のほうの、後付け設定が理解できないものばかりで、中学時代の彼女らと石上の関係も私は納得できずにいて、モヤ~っとしてきたのですが、しかししかしそれでもそれでも伊井野が幸せになる物語が見れたらと淡い希望を持ってました。

 

その希望も、265話から268話の終盤で完全に絶たれて心が折れてしまいましたけどね。

 

で、結局、この、敗因は、私が入れ込み過ぎたからに他ならないと思います。

 

 

細かいことなんて気にせず最後まで軽く楽しんでれば良かったんです。

 

世の中には物語に破綻がある漫画なんてごまんとあります。

 

中には私自身も破綻を認めた上で好きだって思う漫画もあります。

 

 

なので、今、世の中で、かぐや様のこの最終回を、作品全体を、「良かった」と思ってる人を、私は決して批判しません。

 

その人のその読み方で何もおかしくないんです。

 

おかしいのはたぶん私の読み方のほうです。

 

それはこの漫画に破綻があるか無いかって意味ではありません。重要なのはそれに囚われるか囚われないか、です。

 

これまでブログに書いてきた破綻の指摘は、その内容には自信を持ってはいますが、しかしそもそもそんなブログ書くこと自体に忸怩たる思いがありました。囚われてる自分に。

 

一時期はかぐや様感想ブログ書くのやめようか本気で迷いました。

 

でもこのブログは、特に何かの作品の感想は、自分の思ったことをそのまま書く方針で通しており、なので、私がかぐや様が好きだったことも、落胆したことも、不満を言いたい気持ちも、それ自体が虚しい気持ちも、全部ありのまま書き残すことに決めました。

 

今日のブログの冒頭に書いた「ここまで続けたんだから最後まで見届けて感想ブログ書こう」には、「思ったことを書く」を最後まで貫きたい気持ちも大いにありました。

 

そうやって自分の気持ちに整理をつけて、ブログ書くのをやめるのをやめました。

 

その方針を最後まで貫けたことにだけは、少しだけすっきりしてます。

 

 

 

あと話が少しずれますが、感想を書くときには「自分が思ったことだけに徹する」ことは結構重要だと思います。

 

それを逸脱すると作者への誹謗中傷に非常に繋がりやすくなります。私自身たびたび作者の見解を疑うこともあったのですが、そんなときにこそ文章の主語を「作者は」ではなく「私は」にするように努めて意識しました。

 

私は、作品内容や登場人物を散々ディスってはきましたが、作者赤坂アカを人格攻撃したことは一度も無いです。

 

というのもですね、以前5ちゃんねるを見てみたときに、赤坂へのひどい誹謗中傷と人格攻撃が蔓延してて戦慄したことがあるんですよ。

 

例えば、なんつうか、これはあくまで例ですよ、「赤坂バカはろくに仕事せずSNSやVで調子に乗ってる」とか。いやこれでも表現がマイルドなほうです。

 

開示請求が一瞬で通りそうな完全なる誹謗中傷をひたすら繰り返してる人がいて、怖いもの知らずであることが怖かったりしたのですが、でも同時に、私自身がブログでこうやって文句ばかり垂れてることも、それと五十歩百歩なのではないかと、暗然となったりもしました。

 

 

この世の全ての人は、全ての作品を、賞賛するのも批判するのも全く自由で、みんな大いに好きに発言したらいいです。(逆に沈黙も自由)

 

作品や登場人物や、ときには作者自身の姿勢や言動を批判するのもいいと思います。

 

しかし、作者の個人や人格を攻撃するのは、やったらいかんです。

 

私はかぐや様って作品には少なからず落胆しそれを書いてきたのですが、もし同じ感想を持つ人がいても、誹謗中傷する人とは私は同士なんかではないことを、ここに強く主張しておきます。

 

マジで仲間だと思われたくない。

 

かぐや様を今も好きな人にとっては、そいつらと私なんて一緒にしか見えないのかもしれなくて、私はそれは心外です。

 

私のこれまでの感想ブログは全て私の内心の自由の範囲内に基づいてることだけは、どうか伝わりますように。要は「それって私の感想ですよね?」です。

 

あとついでに記事内にスクショ貼ってることが合法であることも改めて言っておきます。著作権法上認められる引用の範囲内での使用です。

 

発言の自由には責任が伴い、免責を得るには細心の注意が必要です。私は好き勝手な感想を書くために、社会的なルールは頑張って守りました。

 

奇しくも、その大切さが、かぐや様の感想ブログ続けてて強く学んだことの一つでした。

 

 

 

というわけで私は、何かの作品への不満を、ひいては作者への不満を、それをそのまま作者を攻撃する材料にすることに危惧を覚えます。そういう、都合のいい攻撃材料を振りかざすことを今時では「棍棒」と表現しますけど。

 

今赤坂が横槍メンゴと続けてる【推しの子】や来年大上貴子と始めるという新作を「かぐや様が駄目だったから」という理由を棍棒にして叩くこともやったらいかんな、と、改めて自戒する次第です。

 

どうしても視点が冷めてることは自分でも否定できませんが、それでもフラットに観賞したい、せねば、と思います。特に新作はまだ読んでもいないわけだし。

 

彼が漫画仕事を続けるにしろやめるにしろ今後も心身ともに健康に過ごせることを願ってやみません。マジで思ってます。これはどの漫画の感想でも普段からよく書いてます。漫画家という人達の健康を。

 

 

 

あと、最後に、私が本当に好きだったキャラ伊井野について改めて語ろうかと思ったんですが、実際1000文字くらい書いたんですが、それも結局、ステラの押し花とハートのキーホルダーが放置されたことや、石ミコが伊井野の自宅でキス未遂してから、生徒会長副会長になっても半年何もなかったという話の〆方が、私は嫌だったというだけの話にしかなりそうになかったので、もう繰り返すのはやめました。

 

それよりも「キャラクターに惚れ込み過ぎるのも危険だな」と思ったことは、最後にちょっと書きたいかも。

 

私は結局2017年からずっと伊井野が好きだ好きだと言い続けてました。我ながら長々と。

 

もともと私は特定の人物やキャラクターに徹底的に惚れ込むことが全然無いタイプでした。現実のアイドルとかにも、大ファンってほどになったことは一度も無いです。

 

キャラに惚れ込むこと自体はよくあります。プリキュアのキュアミルキーとか、ふしぎ研究部の鈴とか、ぷにるはかわいいスライムのぷにるとアリスとか、チェンソーマンのパワーちゃんとか大好きです。

 

女の子キャラじゃなくても、ゴールデンカムイの鶴見中尉とかモルカーのポテトとか好きになったりもしますし。

 

しかし今回はちょっと深入りし過ぎました。そのことに反省です。

 

そのせいで伊井野の物語への落胆の反動が大きくなったんだと思います。

 

惚れ込むのも程々にして、軽く愛するくらいにしてたら、私はかぐや様って作品全体にも落胆なんかせず最後までポジティブに楽しめたのかもしれません。

 

 

 

ま。落胆落胆と言っても、私は今まったく心身の健康を損なうまではしてませんし、散財をしたわけでもないです。

 

しかし世の中にはアイドルやソシャゲのキャラとかに、尋常じゃない程の心血と金銭を注ぎ込んでる人っています。

 

グッズ集めでも、私は昨今の風潮たるアクリルや缶バッジとかをガチャ方式で売る商売についていけなくて距離を置いていられてますが、ああいうのに本当にどっぷり散財して同じ物を何個も集めてる人っています。

 

私はそういうことの恐ろしさを、伊井野を通して見て感じたことも時々ありました。

 

「気を付けなきゃな」「程々にしなきゃな」ってのも今回得た教訓です。

 

それを学ばせてくれたことにも彼女に感謝です。

 

ありがとう伊井野ミコ。

 

 

 

では、これでこのブログで続けてたかぐや様の毎週感想も終了です。

 

今後のアニメとか何らかの作品については、動きがあったときにでも、また。

 

今日のブログは6149文字!いつもの3倍ちょいです。

 

全感想記事足すとたぶんだいたい60万文字、原稿用紙1500枚分くらいでしょうかね🤪

 

 

 

 

 

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