「テラ・アルタの憎悪」 ハビエル・セルカス著 白川貴子訳 ハヤカワ・ミステリ って本読みました。
読み応えありまくりの小説で満足度高かったです。それには私自身は主人公メルチョールには共感よりも非共感のほうが強く湧いたことも含まれてます。たぶんこの本は「そう受け取ってくれてもいい」って書かれた本だと思うのでそれでいいと思います。なので私は「いい本だったよ、主人公に共感しないことも含めて」って感じです。

まず邦題がかっこいいです。原題は「TERRA ALTA」であくまでスペインの実在の地名だけなのですが「の憎悪」ってつくとかっこよく感じます。「地名+何かの言葉」ってなんかいいですよね。カノッサの屈辱とか下北沢のツチノコとか。私はそういうセンスが好きなのでそれだけでこの本を手に取ってみたくなります。
そうして裏表紙の説明文を見てみると「彼は想像だにしない地獄へと引きずり込まれていくことになる」なんて怖いことが書いてあります。どんな地獄なのか是非見せてもらいたくなります。

その地獄が始まるのは252ページ目で、それまでの全体の2/3は全てその長~い前振りでした。
で、その地獄、メルチョールの妻オルガが突然殺されてしまうことなのですが、私にはメルチョールのこれまでの選択次第ではこれは避けられたのではないかと思いました。
長い前振りでじっくり描かれた彼の半生や気性や言動には私はどうもしっくりきませんでした。
彼がレ・ミゼラブルに異常に傾倒したことは納得いくのですが、不正行為で警察官になったこと、性犯罪者を闇討ちでボコって私刑してしまうこと、たびたび命令無視の違法捜査してしまうこと、などなどにはどうも。
まー彼がどこで選択を誤ったのか具体的には指摘できないけど、様々な積み重ねが招いた起こるべくして起こった悲劇だったような印象でした。
そういや私はレミゼは読んだことはないんですが、主な登場人物や物語はなぜか知っててこの小説内の引用とかテーマとかは割とすんなり理解できました。なんでだろ。漫画かなにかは読んだことあるのかな?記憶に自信が無いです。昔アニメを放送したこともあるらしくてぐぐってみたけど少しは視聴したことあるのかないのかも定かではありません。
たぶんこれってネット内の情報だけ見て作品を理解した気になった現象な気がします。私は古典の名作はそんなんばっかりです。
話を戻して、メルチョールはレミゼのジャンバルジャンやジャベールに自分を投影し過ぎて、正義と悪や合法と違法の境界線がぐちゃぐちゃになってて、その心情は大いに察するけど、やっぱり共感とまではいきませんでした。
彼の母親が惨殺されたことは掛け値なしに気の毒な不幸でしたけどね。気の毒で不幸な積み重ねが彼を微妙に歪ませてしまったというか。
あ、彼の母の惨殺事件とアデル夫妻惨殺事件は何か関係あるのかと途中まではなんとなく思ってたので全然関係無かったことにはちょっと拍子抜けしました。
ただこれは、この小説は実は三部作の一冊目に過ぎず、彼の人生そのものが三部作の長編物語らしくて、そういうのもあくまでその中の一部だからそれはそれでいいんでしょうね。
あとメルチョールが偽造文書で警察官試験に受かっ(て、そして晴れてもみ消され)たことを知ってるカブレーラ内務調査部部長が登場だけして特別何もなかったのもその一部かな、と。
で。物語の結末。アデル夫妻惨殺事件の黒幕と会い真相を知り、我が妻を殺した男も突き止めた彼は、裏切者の相棒サロームは多少殴ったものの、妻を殺したフェレには私刑を下さず法に委ねて、そして黒幕のアルメンゴルの存在は自分の胸の内に秘めることにする、という非常にアンバランスな決断をしました。
なるほどねえ~。情緒ぐちゃぐちゃだねえ~。繰り返し言いますが彼の心情は察しますが、法と私刑、見逃すか見逃さないかの判断は本当にアンバランスだと思いました。お前本当にこれで良かったんか?
とま、主人公の言動には共感はしなかったのですが、物語や世界観には大いに感嘆したというのがこの本の感想です。
主人公メルチョールが母を殺した犯人や妻を殺した犯人にしたいことと、黒幕アルメンゴルがアデル夫妻に報復したことは、本質は同じであり、そりゃ苦悩するし妥協もするわなあ。そこはちょっと彼に共感します。彼に現実的な判断をさせたのが残された娘コゼットの存在であることにも。
娘の名前がレミゼのコゼットであることは、スパイスが効きまくってますよね。
というわけで大いにいろんな意味で楽しめた小説でした。ミステリーかというとその要素はめっちゃ薄いとは思いますが。
そこよりも主人公やこの小説そのものがレミゼを介して「小説とはなんぞや?」を自問し続けてるのが何より面白かったかも。
続編2冊もいつか読めたらいいなと思います。



