「両京十五日 1凶兆 2天命」 馬伯庸著 齊藤正高、泊功訳 ハヤカワ・ミステリ って本読みました。
最高でした。ダブルキャピタルフィフティーンデイズ。上下巻ぶっ続けで一気に読みました。キャラクターもいい、ストーリーもいい、ノリもいい、そして結末も私は支持します。
欠点と言えば難しくて読みにくいこと。気軽に手を出せる本じゃないです。でも私はそれは承知の上で読み始めたので問題ありませんでした。むしろ「難しい本を頑張って読むことを楽しむ」ができました。
人ってたまに難しい本に挑戦したくなるときがありますよね。そういう気分のときにはうってつけの難解エンタメ小説です。
思いっ切りネタバレあり感想。

いや本気で難しい本でした。私は中国の歴史にも地理にもかなり疎いし、中国人の人名を覚えるのも苦手だし、なのに似た名前の人物が多いし、本文中に解説のない専門用語も多いし、専門用語でなくても普通に難しい漢字が多いし、難しいづくめです。
しかしなんとか最後までじっくり読むことができました。それは私自身が今回難しい本に挑戦する意欲がもともとあったことと、何より純粋に話が面白くて飽きなかったからです。
あ、あと、漫画の知識。私は中国史に疎いと言ってもこれまでに中国の歴史物漫画を何作か読んだことはあります。
星野浩字の「臏 〜孫子異伝〜」とか川原正敏の「龍帥の翼 史記・留侯世家異伝」とかを中国史に無知なままなりに軽く読んで楽しんだ記憶があります。原泰久の「キングダム」や横山光輝の「三国志」「項羽と劉邦」とかも読破はしてないけど部分的にパラ読みしたことはありますし。
で、過去のそういう漫画達で見た覚えのある要素がこの本にもたまに出てきて「何のことか何となく分かる」という感覚が湧いて、スムーズに読むことの助けになったりしました。
「拱手」は挨拶のしぐさのことだな、とか、「黥刑」は顔に刺青を入れる刑罰のことだな、とか。
昔ちょっと読んだだけの漫画の記憶が蘇って読書の役に立つという、独特な感覚を味わったことも個人的にこの本を読んで面白かったことの一つでした。
本当に全く知らない漢字が出てきたときはgoogleレンズに何度かお世話になりました。紙の本でも直接撮影して検索ができる時代です。
さて。本の内容の感想ですが。
デコボコ4人組のドタバタ珍道中……なんて印象を読んでる途中までは感じてました。
歴史物では、旅、というか、長い道のりを驚くような短期間で走破する、みたいなジャンルがあると思います。ハンニバルのアルプス越えとか超高速参勤交代とか北畠顕家の強行軍とか。
読む前にはこれもその一種なのかなと思い、途中まではやっぱりそうだなと思い、読み終わってもその要素はあったとも思ったけど、そんな生易しい物語ではありませんでした。
珍道中あり、バトルあり、冒険あり、恋愛あり、グルメ(主にスイーツ)あり、ミステリーあり、政治劇あり、歴史の闇あり、もうエンタメオブエンタメでした。
そしてラストの真相にも驚きました。
主人公は明の次期皇帝たる皇太子“大根”朱瞻基、名探偵だけどドラ息子の警官“ひごさお”呉定縁、物知りで堅物な役人“小杏仁”于謙、そして復讐に燃える謎の女医蘇荊渓。
そういやこの4人が描かれてる表紙が素晴らしかったですね。
上巻は最初は男3人はどれが誰なのかいまいち分からなかったけど読んで彼らを知ってくうちにくっきり分かってきました。
そして下巻ではなんか城が燃えてるんです。でも下巻はページをかなり残して城も燃えないうちに朱瞻基は王座奪還を達成してめでたしめでたしになるんです。
あれ?このあとはどうなんの?城は燃えるの?燃えないの?となるわけじゃないですか。
で、ラストではきっちりと燃えるわけじゃないですか。城じゃなくて陵墓がでしたが。
愕然としました。読んでる途中ではある程度のハッピーエンドを予想して期待してました。朱瞻基は蘇荊渓にふられるものの無事に皇帝になり、呉定縁と蘇荊渓はくっついて本人達が抱える確執や復讐にもなんらかの決着がついて地位や名誉は得なくても自分の人生に満足する、みたいな結末になるのかな、なってほしいな、という予想と期待を見事に裏切られたわけですから。
結末はそんな生ぬるいものではありませんでした。
呉定縁が抱える頭痛は予想よりもずっと深刻で苦しいものでしたし、蘇荊渓の復讐の真相は本人が道中で明かした話よりもあまりにも底が深い闇でしたし。
つうか蘇荊渓が超すごいです。呉定縁の名探偵っぷりに感心してたのに彼女はそれを上回る犯人でした。名犯人です。
自分が旅に同行する理由が復讐であることは早々にみんなに打ち明けて、でもそれが実は大部分が作り話で本当の復讐のためのカモフラージュやミスディレクションだったと。毒薬「四逆回陽湯」の話もアドリブで、朱瞻基は彼女が暗示した断片的な情報を勝手に頭のなかで結び付けて辻褄の合うストーリーを組み立ててしまい、それすらも彼女が誘導してたものだったというわけですよね。本当に難解ですけど圧巻でした。
しかし最後の最後で朱瞻基が皇帝になって仕事で前皇帝の殉葬者の名簿を見てるときに、蘇荊渓の真のたくらみを見抜いてしまい、彼女の真の復讐は完遂の直前で失敗してしまう……と思いきや朱瞻基に気付かせて自分を追ってこさせるのまでもが彼女の計画のうちだったと。
何から何まで彼女の掌の上だったと。
彼女の唯一の失敗は、わざわざ呉定縁に手紙を残してしまったこと、する必要のない告白をわざわざ呉定縁にしてしまったことですかね。彼女がそうしてしまった心理を想像するともうなんとも言えません。どこまでも悲しい女よ。
しかしその失敗は逆にささやかな救済でもあるとも思いました。彼女の復讐の最後の相手、朱瞻基を仕留めることはできなかったものの、復讐する道理と、王家の殉葬のしきたりの欺瞞を大きく叫ぶことはできて、そして呉定縁と一緒に死ぬことはできましたから。期待とは違った結末でしたが腑に落ちました。彼の頭痛も救えて。燃え盛る城でね。あ、城じゃなくて陵墓でね。
呉定縁と蘇荊渓の生死は不明なのですが、私は死んだ結末のほうがいっそ満足度が高いので死んだと思うことにします。(続編が出て生きてたと判明したのならそれを受け入れるつもりでもいますが)
復讐の話も、トリックも、愛の話も、見事オブ見事でした。本当に大喝采の大満足でした。
そしてそこ以外も見どころだらけでした。
呉定縁が実は王家と因縁がある将軍の息子だったというのは、まるで安っぽい中華ドラマですがここまで重厚な小説で大スケールで堂々とそれをやられたら安っぽさなんてなくなりますね。素直に「ほおお~」ってなりました。
敵キャラの白蓮教の昨葉何と梁興甫(病仏敵)も魅力的でした。朱卜花や斳栄、黒幕の(真の黒幕ではなかったけど)漢王の悪党っぷりも明快で良かったです。
病仏敵はもう敵でも怖いし味方でも怖いし最悪で最高のキャラでした。一番好きな登場人物はこいつかも。

あとは「物語の周辺について」も読みごたえありました。
そもそも南京から北京までの1100kmを15日間で走破するのは可能なのか、速達なら8日で届けられるのか、あと殉葬がどういう制度なのか、北京の洪水はどれほど深刻か、などなどの解説があって、「なるほどねー」と素直に感心しました。
まー南京では地震が頻発して北京では大洪水が起こって両京で天災が併発したのは強引だなとちょっとは思ったのですが、でも史実で「実際にそうだったんだから」と言われればもう文句のつけようがないですね。
あとは、冒頭で宝船が大爆発したときに朱瞻基ただ一人だけたまたま無事だったことと、それを川辺で目撃して救助した呉定縁がたまたま実は彼と因縁があったってのも、都合がいいっちゃあいいんですが、でもこのへんは大スペクタクルバトルラブミステリーアドベンチャーの幕開けの運命の出会いとして自然に受け入れることができました。
というわけで大満足な本でした。
あと最後に、これが中国の作品であることにもやっぱり思いが巡ります。三体のときもそうでしたが、検閲と言論統制のあの国でこういう過去の中国王家の闇を糾弾するような小説が発行できることに。現在の政府や軍を少しでも批判したら命が無い国で。その検閲の網を無事に通ったこの本に作者馬伯庸はどういう思いを込めてるのか、我々読者は正解のない想像を巡らせるしかありません。



