「無責任」って言葉。つまり「責任から逃げてる」って意味ですが、別の意味もあることを最近知りました。いい年して初めて知ったことなのですが。
でも知らない言葉があること自体はいくつになろうが決して恥ずかしくはありません。
知ったかぶりが恥ずかしいだけです。あと自分が知ってる言葉を他人が知らなかったときに「そんな言葉も知らないの?」とか煽るのも恥ずかしいことです。
ただそれも例外があって、何かのジャンルの専門家を自称する人がそのジャンルの基礎知識用語を知らずにいるのは恥ずかしいかも。そうやって恥をかいてる人は永遠にいなくなりません。
でもまーこれとて恥ずかしいのはつまるところ知らないのにドヤることなので、やっぱりよくないのは知ったかぶることだとつくづく思います。偉そうにするのはみっともないです。
というわけで人はいくつになっても知らない言葉ってのは必ずあるもんだし、そのことについてみんな自分にも他人にも謙虚であるべきだと思います。
話を戻して。無責任。
コトバンクによれば。
1 責任がないこと。「事故についての無責任を主張する」
2 責任を自覚しないこと。責任感がないこと。また、そのさま。「無責任な発言」
だそうです。
つまり「責任感が無い」という意味の他に「責任が無い」という意味もあるんだそうで。
というか「責任が無い」ことのほうが1番目に並んでます。そっちがメインだったの?
知りませんでした。
「私には責任はありませんので」みたいに言いたいときにも無責任って単語を使ってもいいそうです。「私は無責任を主張します」みたいに?
「免責」に近い感じでしょうか。
それにしてもこの二つの意味ってなんか逆のニュアンスじゃありませんか。「責任は存在しない(=責任を取らなくていい)」と「責任から逃げてる(=本来は責任を取るべき)」って感じで。
ややこしくないですか。
「ねえ山田さん、あの件どうなった?」
「いえ、私はあの件は無責任ですので」
これだと山田さんに責任が存在するのかしないのかどっちの意味にも取れそうですが。
いや~、そうでもないのかな。
山田さんには責任があろうがなかろうが山田さん自身が「私は責任を取りません」と宣言してることには変わりはないです。
山田さんに責任が存在するのかしないのかを決めるのは別の人や組織とかであって、山田さんの意志は関係ないのかもしれません。
それだったら山田さんは別にもう「私は無責任です」って言ってしまっても別に構わないような気がしないでもないです。
じゃあ、別におかしくないのかな。



